行列の基本変形
連立1次方程式の解法は数学の計算の中でももっとも面倒なもののひとつです.しかし応用上大切なものなのでこの節では, 未知数をひとつずつ消去して解く消去法について, 行列を用いて考えてみましょう.
まず, 連立1次方程式
を解いてみます. と を入れ替えて
このとき上のふたつの連立方程式は同値であることに注意して下さい.
次に, の 倍を へ, の 倍を へ加えて
を得ます.今度は
の両辺を
倍して
を得ます.最後に
の 倍を
に加えると
を得ます.ここで最後の式から逆に辿っていくと,
この解法(消去法)は, 連立1次方程式に次の 3つの操作を施して, 簡単な連立1次方程式に変形していく方法でガウスの消去法(Gaussian elimination) とよばれています.
- 方程式の順番を並べ換える
- ひとつの方程式にある数をかけて他の方程式に加える
- ひとつの方程式に0でない数をかける.
ここで, 連立方程式に行った1連の操作を行列に当てはめてみます.
まず
の連立方程式の係数から作られる行列を 係数行列(coefficient matrix), 係数と定数項から作られる行列を 拡大係数行列(augmented matrix) といいそれぞれ次のように表します.
この拡大係数行列に上の操作をあてはめると
となります.
上の行列の変形に用いられているものは,
- L_1 : ふたつの行を入れ替える.
- L_2 : ひとつの行にある数をかけて他の行に加える.
- L_3 : ひとつの行に0でない数をかける.
で一般に, 行列 に施す上の つの変形を行列の 行基本変形(fundamental row operation) といいます.
例題 2..7
次の連立方程式をGaussの消去法を用いて解こう.
解
拡大係数行列は
となる.ここで、
と行基本変形を施すと
となる.
ここで、基軸要素(Pivot element)
より、
を行うと、
となる.ここで、はすでにから消去されているので、
となり、行基本変形を続けると
より
となり、後ろから代入すると
となる.
行列 に対し, 有限回の行基本変形を施して行列 を得るとき, 行列 は行列 と行対等(row equivalent)であるといい と表します. 次の単位行列 に対し,
または の基本変形を 回だけ施して得られる行列を 基本行列(fundamental matrix) といいます.じつは行基本変形は基本行列を使って表すことができます.たとえば, から への行基本変形は
で, これに対応する基本行列は単位行列 に 基本変形
を施せば求まります.つまり,
となります.そして, この基本行列を行列 に左側からかけると
となり基本変形を施したのと同じになることが分ります.この基本行列をもう少し詳しく見ると, 単位行列の2行目と3行目が入れ替わってますね.このことに気付くと, 基本行列は比較的簡単に求めることができます.例えば,
で行なった基本変形
に対する基本行列は
となります.また,
で行なったもう一つの基本変形
に対する基本行列は
となります.同じ様にして, から , から を求めるのに用いた基本変形
も基本行列を使って表せます.つまり
となります.そして, これらを順に行列に左側からかけていくと
となることが分ります.言い換えると, 行列 は行列 と行対等であるということです.
基本変形を行列に施していくと, 対角成分の下の成分がすべて 0 の行列を得ることができます.このような行列を 上三角行列(upper triangular matrix) といいます.また
のように, 階段状の下側の成分がすべて 0 であって, 各段の高さが であるような行列を 階段行列(echelon matrix) といいます.とくに, 各行の 0 でない最初の数が でかつその数以外の列の数がすべて 0 のとき, 被約階段行列(row reduced echelon matrix) といい で表します.じつはすべての行列は, 被約階段行列と行対等なのです.つまり
定理 2..3
任意の行列は, 適当な行基本変形を何回か施して被約階段行列にすることができる.
証明
各自に任せる.
例題 2..8
と行対等な被約階段行列を求め, 階段の段数を数えよう.
解
これより階段の数は3.
上の例題で順番を変えて行基本変形を施しても, でてくる被約階段行列は同じになります.言い換えると
定理 2..4
行列 と が被約階段行列で行列 と行対等ならば である.
証明
各自に任せる.
ここで大切なことは, 行列 に行対等な被約階段行列はただ一つしかないということです.
行列の階数
被約階段行列の階段の数は応用上大切な数です.この数のことを 行列の階数(rank of a matrix) といい
と表します.たとえば, 例題2.2 の階数は です.行列の階数と被約階段行列の関係について次の事がいえます.
定理 2..5
が 次の正方行列のとき, 次の条件は同値である.
証明
ならば の階段の数は .よって
.
逆に,
ならば, の被約階段行列の階段の段数は .被約階段行列の定義より各行の 0 でない最初の数は .よって対角成分はすべて となり
.
行列の階数は1章で学んだベクトル空間の概念を使って定義することもできます.どうやってやるのか理解するために次の例をみてみましょう.まず行列
の行ベクトル
は
のベクトルと考えられるので, その1次結合全体の集合
は
の部分空間をなします(例題1.4参照).この空間 を の行ベクトルで張られる部分空間または 行空間(row space) といいます.ここで
とおくと,
よって, この行空間のすべてのベクトルは
の1次結合で表せます.
また
と は1次独立なので, このふたつのベクトルは行空間の基底をなします.よって の行空間の次元は です.ここで の被約階段行列を求めると,
したがって,
となり, この例では
となります.じつは同様なことが列ベクトルについても行なえ, 列ベクトルで張られる列空間(column space)を作り出します.そして
列空間の次元となります.ここで用いられた考え方はもっと一般的な場合にも使えて次のような定理を得ます.
定理 2..6
行列の階数はその行列の行空間の次元と等しい.
証明
型の行列
の行ベクトルを
とする.行空間は
の1次結合全体の集合なので, 行基本変形
は1次結合になんの影響も与えない.よって行空間の次元にもなんの影響も与えない.
次に, を使って被約階段行列を求める.このとき
が
の1次結合ならば,
と
は一致し, 被約階段行列に零行ベクトルができるのと行ベクトル
を除くこととが対応している.これを繰り返すとやがて階段段ずつに対応する行ベクトル
を見つけることができ, その行ベクトルは1次独立である.よって行ベクトルの次元は被約階段行列の階段の数と等しい.
行列の階数は次節にでてくる連立1次方程式の解法に大切な役割を果たします.そこで次の節に移る前にもうひとつ問題を解いてみましょう.
例題 2..9
行列 の階数を求めよう.
解
これより の階段の数は となるので
.
ついでに の行ベクトル
と
は の行空間の基底をなしている.よって行空間の次元は である.
1.
と行対等な被約階段行列を求めよ.
2. 次の行列の階数を求めよ.
(a)
(b)
(c)
3.
に次のような行基本変形
を施した.
の基本行列を求め, 単位行列 を と基本行列の積で表せ.
4.
は行についての基本変形だけで単位行列に変形できる. を満たす行列の積 を求めよ.
5. 次のベクトルで張られる部分空間の次元を求めよ.