内積空間(Inner product space)

ベクトル空間の中には大きさや方向を考える必要のないものもありますが,大きさを与えることのできるベクトル空間を計量ベクトル空間(normed vector space)といいます.ここでは内積が定義できる計量ベクトル空間について考えます.とくに,ここでは区間$(a,b)$区分的に連続な関数(piecewise continuous function)の集まりからなる$PC(a,b)$について考えます.

幾何ベクトルについて次の3つのことはよく知っていると思います.(1)和,(2)スカラー倍,(3)内積(スカラー積).これまでに私たちは和およびスカラー倍の一般化を行いました.そこでここでは内積の一般化に挑戦します.

定義 6..1  

2つのベクトル ${\bf v}_{1}, {\bf v}_{2}$に対して,実数 $({\bf v}_{1}, {\bf v}_{2})$が定まり,次の性質をもつとき, $({\bf v}_{1}, {\bf v}_{2})$または ${\bf v}_{1}\cdot{\bf v}_{2}$ ${\bf v}_{1}$ ${\bf v}_{2}$内積(inner product)という.

あるベクトル空間のすべてのベクトル ${\bf v}, {\bf v}_{1},{\bf v}_{2},{\bf v}_{3}$とすべての実数 $\alpha,\beta$に対して,
$1.   (\alpha {\bf v}_{1} + \beta {\bf v}_{2}) \cdot ({\bf v}_{3}) = \alpha ({...
...1} \cdot {\bf v}_{3}) + \beta ({\bf v}_{2} \cdot {\bf v}_{3})   ( \mbox{線形性} )$
$2.   {\bf v}_{1} \cdot {\bf v}_{2} = {\bf v}_{2} \cdot {\bf v}_{1}  (\mbox{対称性})$
$3.   {\bf v} \cdot {\bf v} \geq 0,  {\bf v} \cdot {\bf v} = 0$ ${\bf v} = {\bf0}$は同値. $($正定値性)
が成り立つ.


定義 6..2  

$f(x),g(x)$$PC[a,b]$の元とすると,内積$(f,g)$は次の式で与えられる.

$\displaystyle (f,g) = \int_{a}^{b}f(x)g(x)dx. $

(注) これは内積の性質$1,2,3$を満たしています.


例題 6..1  

$f(x) = x , g(x) = x^2$$PC[0,2]$に属しているとき,内積$(f,g)$を計算せよ.

$\displaystyle (f,g) = \int_{0}^{2}(x)(x^2)dx = 4 .
\ensuremath{ \blacksquare}
$

ベクトル空間上に内積が定義されると,ノルム(ベクトルの大きさ)が定義されます.

定義 6..3  

ベクトルvノルム(norm) $\Vert{\bf v}\Vert$で表わされ,次の式で与えられる.

$\displaystyle \Vert{\bf v}\Vert = \sqrt{{\bf v}\cdot{\bf v}}. $


幾何ベクトル空間では, $\vert\vert{\bf A}\vert\vert = \sqrt{{\bf A}\cdot{\bf A}} = \vert{\bf A}\vert$となるのでAの長さと同じです.三次元ベクトル空間では

$\displaystyle \vert\vert(a_{1},a_{2},a_{3})\vert\vert = \sqrt{a_{1}^2+a_{2}^2+a_{3}^2}$

となるので,原点から点 $(a_{1},a_{2},a_{3})$までの距離と考えられます.関数空間(function space)$PC[a,b]$では,

$\displaystyle \vert\vert f\vert\vert = \{\int_{a}^{b}[f(x)]^2dx\}^{1/2} . $

ベクトル空間に内積が定義されると,ノルムだけでなく垂直という概念の一般化として直交を定義できます.

定義 6..4  

${\bf v}_{1} \cdot {\bf v}_{2} = 0$のとき,ベクトル ${\bf v}_{1}$とベクトル ${\bf v}_{2}$直交(orthogonal)しているという.また異なるベクトルがみな直交しているベクトルの集合を直交系(orthogonal system)という.


例題 6..2  

$\sin{x}$$\cos{x}$ $[-\pi,\pi]$で直交するが$[0,\pi/4]$では直交しないことを示せ.

[$-\pi,\pi$]で

$\displaystyle (\sin{x},\cos{x}) = \int_{-\pi}^{\pi}\sin{x}\cos{x}dx = 0. $

[$0,\pi$]で

$\displaystyle (\sin{x},\cos{x}) = \int_{0}^{\pi}\sin{x}\cos{x}dx = \frac{1}{4}.
\ensuremath{ \blacksquare}
$

関数空間での直交は直角に交わるということではありません.注意して下さい.

0でない幾何ベクトルAをその大きさで割り単位ベクトル ${\bf A}/\vert{\bf A}\vert$を求めることがよくあります.もっと一般的な場合にも,ベクトルvをそのノルムで割り,単位ベクトル ${\bf v}/\vert\vert{\bf v}\vert\vert$を作ります.このようにして大きさが1のベクトルを作ることを,正規化(normalize)するといいます.また直交系のすべてのベクトルを正規化してできた集合を正規直交系(orthonormal system)といいます.正規直交系の例として三次元ベクトル空間での{i,j,k}があげられます.

例題 6..3  

関数列 ${\{\cos{mx}\}}_{m=0}^{\infty}$$[0,\pi]$で直交系をなすことを示し,対応する正規直交系を求めよ.

$m \neq n$のとき,

$\displaystyle (\cos{mx},\cos{nx})$ $\displaystyle =$ $\displaystyle \int_{0}^{\pi}\cos{mx}\cos{nx}dx$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle \frac{1}{2}\int_{0}^{\pi}[\cos{(m+n)x} + \cos{(m-n)x}]dx$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle [\frac{\sin{(m+n)x}}{2(m+n)} + \frac{\sin{(m-n)x}}{2(m-n)}] \mid_{0}^{\pi} = 0 .$  

$m = 0$のとき, $\cos{0x} = 1$

$\displaystyle \vert\vert 1 \vert\vert = [ \int_{0}^{\pi}(1)^2 dx]^{1/2} = \sqrt{\pi}. $

$m \neq 0$のとき,

$\displaystyle \vert\vert\cos{mx}\vert\vert = [ \int_{0}^{\pi}\cos^2{mx} dx]^{1/2} = \sqrt{\pi/2}. $

よって求める正規直交系は

$\displaystyle \{\frac{1}{\sqrt{\pi}}, \frac{\sqrt{2}}{\sqrt{\pi}}\cos{x}, \cdots , \frac{\sqrt{2}}{\sqrt{\pi}}\cos{mx},\cdots \} .
\ensuremath{ \blacksquare}
$

ノルムはベクトル空間上の任意のベクトル ${\bf v}_{1}$ ${\bf v}_{2}$に対して,三角不等式

$\displaystyle \vert\vert{\bf v}_{1} + {\bf v}_{2}\vert\vert \leq \vert\vert{\bf v}_{1} \vert\vert + \vert\vert {\bf v}_{2}\vert\vert $

を満たします.そしてこれよりベクトル間の距離(distance)は次の式を満たします.

$\displaystyle \vert\vert{\bf v}_{1} - {\bf v}_{2}\vert\vert \leq \vert\vert{\bf v}_{1} - {\bf v}_{3}\vert\vert + \vert\vert{\bf v}_{3} - {\bf v}_{2}\vert\vert . $

これにより,ノルムは私たちが普段使っている距離とほぼ同じ働きをすることがわかります.

例題 6..4  

$PC[0,2]$において,$x$$x^2$の距離を求めよ.

 

$\displaystyle \vert\vert x - x^2\vert\vert = [\int_{0}^{2}(x -x^2)^2  dx]^{1/2} = \frac{4}{\sqrt{15}} .
\ensuremath{ \blacksquare}
$



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